「ハゲタカからのご忠告です。本業以外のビジネスに手を出した企業は、必ず潰れます」(真山仁『レッドゾーン』)
映画ハゲタカの原作となったレッドゾーンの主人公の台詞だ。ハゲタカからの忠告は、いつでも正しいのだろうか。
コングロマリット・ディスカウント。「投資家は、自分で株式のポートフォリオを組みたいのであるから、投資される事業会社の方で、複数の事業を手がけるべきでない」というハゲタカからの忠告。複数の事業を手がけると、投資する側からは、「何がDriverとなって成長しているのか」「何が問題で利益が落ちているのか」といったことが見えにくくなる。買手に十分な情報がない場合には、(いったい本当はいくらなのか分からないので)買手にそれだけリスクが生じ、それだけ高い値段を払いたくなくなるというのはみえやすい。このことは、ノーベル賞を取得したアケロフ教授のレモンの理論の中でも述べられている(こちらに分かりやすい説明があります)。乱暴な説明だが、中国の屋台でロレックスが売っているとして、仮にホンモノだとしても、誰もロレックス本店と同じ値段は払わないだろう。コングロマリット経営をすると、投資家に情報が見えにくくなるので、それだけ投資家は高い値段を払いたくなくなるのだ。
また、「餅は餅屋」という。
例えば、GMは、自動車のみならず、航空宇宙産業やITなどにも手を出し、(労働組合問題、人事問題、ファイナンス問題などの問題も重なって)潰れてしまったといわれている(詳しくは、『M&A新世紀 ターゲットはトヨタか、新日鐵か?』)。
トヨタ自動車についても、自動車事業のほかに、住宅事業(トヨタホーム)、金融事業(トヨタファイナンシャルサービス株式会社)、ITS事業、Gazoo事業、マリン事業、バイオ・緑化事業などの複数の事業を行っているので、ピュアプレイに戻るべきだという専門家の指摘がある(『M&A新世紀 ターゲットはトヨタか、新日鐵か?』)。例えば、ファイナンス事業に手を出した結果、借入金が大きく膨らみになってしまい(7年前は5兆8000億円くらいだった借入金が、2009年3月時点で は12兆6000億円くらい。もちろん全部がファイナンス事業のせいではないが。)、また、2008年9月のリーマンショックの影響も大きく受けたという のだ。
コングロマリット経営で有名なGEも、2009年3月には、ピーク時(42ドル)の7分の1である一株6ドルになった。リーマンショック後に、ファイナンス部門のGEキャピタルが大打撃を受け、金融事業の見直し、スリム化に着手したといわれているのだ(M&A新世紀 ターゲットはトヨタか、新日鐵か?)。
ハゲタカからの忠告は説得力がある。
しかし、どんな場合にも、本当なのだろうか。
投資家の立場を知るなら、M&A新世紀 ターゲットはトヨタか、新日鐵か?
は秀逸の本だ。私のStanford MBAのクラスメートは、「とても参考になった。学部生ならこの本を読むだけで、投資銀行に内定が出るだろう」と言っていた。
しかし、投資家のトップの人達だけでなく、
投資される立場のトップの人達の意見も聞いてみよう。
例えば、インテル3代目CEOのアンディ・グローブなら何と言うか。
彼は、「経営の神様」とも呼ばれることがある。
アンディ・グローブ:
・「私は、ウォルマートのCEOに、『ヘルスケア事業に進出せよ』とメールを送った。その結果なのか、ウォルマートは、Health and Human Services省のAssistant SecretaryのJohn Agwunobi氏を雇った。」
・「次はGEだ。GEのCEOには、『電気自動車事業に進出せよ』とメールを送った。返事を待っているところだ。」
AppleのSteve Jobsなら何と言うだろうか。
Appleは、もともとApple Computersという名前だったと記憶しているが、この名前をやめて、Appleという名前になったのではないかと思う(もし違っていたらスミマセン)。
なぜなのか推測してみよう。
Appleは、iPODやiTunesを手がけるようになった。
さらに、Appleは、iPhoneという携帯事業にも進出した。
今までの本業以外をするようになった。
しかし、結果はご存知のとおり。
大成功だ。
さて、上に述べたGMやトヨタとの違いはどこにあるのか。
「シナジーのことを言っているのだろう?」という声が聞こえそうだ。
違う。
ほかにも、理由がある。
そのうちの一つが、以前に、このブログで御紹介したストラテジック・インフレクション・ポイントだ。
技術などの飛躍的な進歩が、業界の競争の方程式を根本的に変えてしまう場合がある。新たな競争の方程式にのれた企業は、覇者となるが、のれなかった企業は、大打撃を受ける。
iTunesの例で考えてみよう。
ソフトウェアやIT技術の飛躍的な進歩によって、音楽業界には、ストラテジック・インフレクション・ポイントが到来していた。ナップスターなどのアントレプレナーが出現する。ネットを利用して音楽をダウンロードするという時代が到来したのだ。あせった音楽業界はナップスターなどを訴えて迎撃した。
彼らはスタートアップだったから、既存の音楽業界全体とやりあうだけのリソースはなかった。
しかし、Appleは違う。大企業としてのリソースがある。
iTunesは成功した。
そして、それは、ネットと音楽の融合という新しい業界の流れを見こして、音楽業界にStrategic Inflection Pointが到来すると見抜いたSteve Jobsの先見性によるのだろう。
つまりこういうことだ。
シナジーだけではない。
Strategic Inflection Pointの到来する業界に打って出る。この業界では、既存企業は、変化しないと生き残れない。どんな企業であれ、「変化する」のはとても大変だ。既存企業が、変化がなかなかできなくて困っているところに、Appleのような別業界の大企業が入ってくる。
アンディ・グローブのメールも、これを言っているのだろう。自動車業界とアメリカのヘルスケア業界にストラテジック・インフレクション・ポイントが到来するのだ、と。
いくらストラテジック・インフレクション・ポイントが到来しても、アントレプレナーが大企業で埋まっているマーケットでシェアをとるのは難しい。リソースがないからだ。しかし、自分のそれまでのコア事業とリソースで守られた大企業ならば話は別だ。Appleが、iTunesで成功できた秘訣がここにある。Appleが、もしスタートアップだったら、あの時点での成功は難しかっただろう。
ストラテジック・インフレクション・ポイントの到来を見抜ければチャンスが到来するだろう。しかし、『インテル戦略転換』に述べられているように、これは大変難しい。ストラテジック・インフレクション・ポイント後の業界の新しい方程式を見抜くのはもっと難しい。
そこで、アンディ・グローブに、
・「ストラテジック・インフレクション・ポイント後の新しい業界の方程式がどうなるか」その見抜き方一般論と、
・電気自動車の業界の新しい方程式はどうなるのか
を質問してみた。
「それは私にも分からない。二つくらい上の次元の話だろう。」
という返事だった。
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1 件のコメント:
トヨタあたりが住宅事業に積極的なのは日本国内だけで見れば販売ルートとか手法が近いからではないか。トヨタとかホンダは自動車の次の主力事業を見据えた展開として色々と手を出している訳で単なる事業の多角化というものではないと思う。EVについては過去にも何度かブームがあった訳で今回何処まで進展するかは未だに未知数。エネルギーの供給・消費そして税金・利益の分配を国がどうしていくのかでも進展は変わっていくのではとも思う。単に技術だけであれば、もう1回か2回先の波ではないかとは個人的には思ってます。
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