2013年7月7日日曜日

正岡子規とスタンフォードMBA

「人間のえらさに尺度がいくつもあるが、最少の報酬でもっとも多くはたらく人ほどえらいぞな。一の報酬で十の働きをするひとは、百の報酬で百の働きをする人よりえらいぞな」(司馬遼太郎『坂の上の雲 (二)』文春文庫、25頁、正岡子規の台詞)

「人生における決断というのは、キャッシュフローを現在価値に引きなおした和で計算できる。このとき、幸福度といった様々な尺度は、キャッシュフローに置きなおして計算することになる」(エドワード・ラジアー、元米大統領経済諮問委員会委員長。スタンフォードビジネススクールの講義にて。教科書はこちら。

もう有名な話だが、スタンフォードビジネススクールに留学するための鬼門が、「何があなたにとって一番重要ですか」というエッセイを書くことである。このエッセイを考えに考え抜いた人は、合格し、いい加減に書いた人は落とされる、といっても過言ではなかろう。

多くの欧米のビジネススクールの中核は、会社や個人の将来のリターン(報酬)を最高にするための様々な手法を学ぶことにあるのではないかと思う。このため、人生の道を誤ることがある。

私が、自分で立ち上げた会社を他の人間(eBayの元COO)に任せて、自分は、日本のため、福島のために頑張ろうと、南カリフォルニアの会社転職したときには、たまたま同時期に、今をときめくITの会社のアジア代表であるとか、色々なオファーがあった。自分のリターン(報酬)を最高にしようなどと考えて、道を誤っていたら、大変なことになっていたと思う。

リターン(報酬)を追及した人の典型は、『史上最大のボロ儲け ジョン・ポールソンはいかにしてウォール街を出し抜いたか』に描かれていると思う。

これは、ジョン・ポールソンが、いかにして、リーマンショックのときに儲けたのか、を述べた本である。ポールソンは、不動産ローンの証券市場が暴落すると予想した。ローンの返済可能性と不動産価格との間に相関関係があることに気がついたのだ。それまでは上昇していた不動産の価格が下降に転じれば、ローンが返済されなくなり、(バブルの状態にあった)不動産ローン証券市場が暴落すると読んだ。市場が下がるときに、投資家が良く使うのは、「借りておいて売り、あとで(価格が下がった段階で)買い戻して返す」という空売りだ。しかし、価格が下がるタイミングを正確に予測するのは難しい。その他、色々な理由で、ポールソンは、空売りを利用しようとはせず、代わりに、ウォーレン・バフェットが「金融大量破壊兵器」と呼んだクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)を使って、市場の暴落時に、儲けようと考える。要すると、ポールソンが保険のプレミアムのような比較的少額な金額を毎年払う代わりに、デフォルトが発生した場合には、保険金のような大量の金が(デフォルトした人や損をした人ではなく、ポールソンに)支払われる。ポールソンは、CDSの毎年の支払額を低くするために、自分の投資手法を出来るだけ隠しながら、隠密に行動し、最後は、大儲けする。しかし、多くの人が破産することで自分だけが儲かるという仕組みは、社会の利益と個人の利益が相反する状態とも考えられる。他の人間が不幸になると自分が儲かるのであれば、他の人間の不幸を祈るようにならないのだろうか。まさに悪魔に魂を売り渡すという形容がふさわしいのではないだろうか。

自分は、こういうのは向かない、と思いながら、福島の仕事に向かうと、福島に関する業界のとある信頼できる専門家から、(色々いかがわしい情報が飛び交う中で)「この本だけが福島の真実を述べた本です」と、『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』という実話を記述した本を薦められた。「飛行機の中で読むと涙が止まらないので、やめた方が良いですよ」と別の専門家に言われた。

本の中では、格納容器の圧力が設計圧力の二倍近くなり、いつ何が起こってもおかしくない状態で、吉田氏が、自分と一緒に死んでくれる人間の顔を思い浮かべるシーンが出てくる。原子炉を冷やすために、水を入れ続けるメンバーとして、何人を残すのか、一人一人の顔を思い浮かべながら考えたらしい。「最後はもう、(生きることを)諦めてもらうしかねぇのかなと、そんなことをずっと頭の中で考えていました」という。

著者は、「ぎりぎりの場面では、人間とは、もともと持ったその人の"素の姿"が剥き出しになる」という。

(あのとき、命をかけて原子炉を冷やし続けた人達がいなかったら)日本は、汚染によって住めなくなった地域と、それ以外の北海道や西日本に「三分割」されていたかもしれない、と述べる専門家もいる。

スタンフォードビジネススクールでは、CDSなど「金儲けの方法」も習うが、生き方についても習う。最後に社会を良くするのは、立派な価値観をもった人だから、であろう。

2013年7月3日水曜日

クラスメートの進路

ある日のこと、授業中、前をボンヤリ眺めていると、「凄い髪の毛だな」と思う人が目の前に座った。日本人の悲しい習性なのか、「髪の毛が余りにユニークだから無理・・・」と距離を置くことを決める。


ところが、そこで事件が起こる。

授業で、「チームをつくって、スタートアップのビジネスプランを書いてごらん」という課題が与えられたのだ。

ユニークな髪の毛の彼は、私と仲の良いクラスメートのエミリー・マーと、チームを組むという。エミリーは、一緒にいて楽しく、ベンチャーキャピタルの知り合いも多く、IDEOでの経験も長いので、こういうテーマのときには、欠かせない人材である。

エミリーとチームを組みたいので、仕方なく、髪の凄い彼とチームを組むことを了承した。

(エミリー・マー)

5人のチームである。

ところが、ことのほか、5人の中で、私と凄い髪の毛の彼のみが、一緒に組んで、複雑なリサーチを担当することになる。

ユニークな髪の彼は、パソコンを打つスピードが遅い。

このため、作業時には、必ず私を呼ぶ。

日々、私のストレスはたまっていき、「ちょっと、出来るだけ一人で作業しないか!」と発言してしまったこともあった。彼は悲しそうな顔をしていた。

しかし、結局、彼はタイピスト(?)が必要なので、しょうがなく、私と彼は一緒に作業を続け、そのうち、濃厚な関係(?)となった。

家に呼ばれる仲になったのである。

ある日のこと、彼の家で、彼が新しく興そうとしているファッションの会社のパートナーのファッションデザイナーのビデオを見せてくれた。

「素敵なビデオだね」と褒めると、「彼の年収、300億円なんだよ。ストックオプションを入れて。デザイナー界ではNo2だと思う」という。ワインを噴出しそう・・・にはならなかったが、顔色が変わるのは隠せなかった。

ユニークな髪の彼の名前はポール・デネブ。

エミリーから、ポールは、フランスのランバンのCEOだと聞いていたが、「ランバンなんて聞いたことないベンチャーだな」としか思っていなかった。

もちろん、本当は、かの有名なランバンである。ジバンシーとも肩を並べるファッション大手。彼がスタンフォードビジネススクールに留学するためにCEOを退職したことは、ウォールストリートジャーナルの記事になっていた。ニナリッチのCEOでもあったという。ポールは、結局起業せず、卒業後、最近映画にもなったイブ・サンローランのCEOになり、ヨーロッパで3年程過ごした。


(イブ・サンローラン)

ポールと一緒にクラスで考えた会社は、今は別のクラスメートが運営しており、起業してわずかにもかかわらず、投資家が数億円の値段をつけたらしい。

成功する人は、どこでも成功するのだろか。 クラスでも、彼のレポートは(タイピングが遅いので)、数行しかないが、それが長い文章を読みたくないという教授の利害とも重なり、必ず、最高得点かそれに近い点だという評判だった。

これまでポールは、問題を抱えているファッションブランドを立て直してきた(ようにみえる)。

そのポールが、アップルの副社長になりベイエリアに帰ってくることになった

ポールは次のたてなおし(?)に成功するだろうか。

見込みがあるとすると、最近のiPhoneは音声認識で作動するから、タイピングという最大の弱点は、克服済みという点であろうか。