エコノミストは、「ジョブズがやめたからといって、ビル・ゲイツを失ったマイクロソフトのようなことにはならないだろう」と報道した。
果たしてそうだろうか。
シリコンバレーでは有名な話だが、
①新しいビジョンをもって会社を創業するCEO(ビジョナリーイノベーター)と、
②既に大きくなった会社をシステマチックにスケールアップするCEO(マネージャー)とでは、
まったく別のスキルを要求される。
そして、両方のスキルを持っている人は殆どいない。
大きくなったアップルで、iPod, iPhone, iPadを生み出してきた スティーブジョブズは、両方のスキルを持っている世にも珍しい人だった。
両方のスキルを持っている人の例を他にあげてみよう。
(mark leslie)
スタンフォードビジネススクールの教授になったマークレスリーは、会社の起業に二回失敗した。その後、ベリタスソフトウェアのCEOになった。今でこそ有名なベリタスだが、マークレスリーが入った当時は、つぶれかけの会社だった。
マークレスリーは、つぶれかけのベリタスにCEOとして入り、従業員の大半を首にした。株式の分割・併合で、既存株主をスクイーズアウトして追い出すことで、新しい経営陣がインセンティブを持って働ける仕組みをつくりだした。そして、営業マンを雇えば雇うほどお金が減ることに気がついたので、「しばらく何もしないで様子をみる」という決定をした。彼は、優秀な「マネージャー」だったのだ。
その後、ベリタスは、何度も新しいアイディア・ビジョン・イノベーションで、脱皮を繰り返し、全く別のプロダクトを売る完全に新しい会社に何度も何度も生まれ変わった。IPOの後には、ウォールストリートのアナリストから酷評をされた合併(M&A)を実施して、株価を半額以下に下げたが、その後、株価を何倍にもして、ウォールストリートが間違っていたことを証明した。マークレスリーは、優秀な「ビジョナリー・イノベーター」でもあったのだ。
ちなみに、両方のスキルを持っているマークレスリーが辞めた後、ベリタスはどうなっただろうか。ベリタスは、VMWareの買収に失敗した。買収しなかったのだ。シリコンバレーでは、ベリタスがVMWareを買収していれば、Googleに匹敵する会社になっただろうと噂されている。
両方のスキルを持っているCEOを失ったベリタスは、新しい脱皮に失敗したのだ。
マイクロソフトも、ビルゲイツが退任し、様々なストラテジックインフレクション(例:携帯)に乗り遅れた。
会社が1000億円の売上げを超え、大きくなった後に、更に脱皮を繰り返すことは難しい。アップルにこれが可能だったのは、両方のスキルをもつスティーブジョブズがいたからだ。アップルがiPhoneを出す直前に、スタンフォードビジネススクールは、「iPhoneが成功する可能性は低い」という論文を発表、アップルの社内でも、「電話ではなく、タブレットコンピュータに集中するべきだ」という意見が多かったという。
(若い頃のスティーブジョブズ。右。)
スティーブジョブズもマークレスリーも、起業家だ。若い頃に起業をして、その後、前回のブログで紹介したワニや鮫がうろつくシリコンバレーを生き残った(スティーブジョブズは二回首になったし、マークレスリーも二回失敗したが)。生き残ったので、会社を自分で大きくするという経験ができた。その過程で、自分自身を何度も脱皮させ、両方のスキルを人物になったのだ。
アップルの新しいCEOが両方のスキルを持っているかは分からない。しかし、その可能性は低いだろう。もし両方のスキルを持っていれば、雇われのCEOになるのではなく、自分の会社を作るだろう。それがシリコンバレー精神だ。
もっとも、それでも、アップルの快進撃はとまらないと思う。
携帯電話が、「小さなパソコン」になることは確実になった。
パソコンの歴史を携帯電話は踏襲するだろう。
その世の中の仕組みの中で、うまみを吸い続ける仕組みを作ったアップルの覇権は、もう一世代続くだろう。
それが、史上最高のテクノロジスト、スティーブジョブズが作り出したバリューだと思う。